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2009年9月 1日 (火)

大和和紀「イシュタルの娘~小野於通伝~」その1感想〈BE・LOVE2009-18〉

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「イシュタルの娘 ~小野於通伝~」は、日本の戦国時代から江戸時代初期に生きた書画に秀でた才女・小野於通(おの・おつう/1568-1631)を描いた歴史マンガです。
作者は大和和紀(やまと・わき)さんは『あさきゆめみし』『はいからさんが通る』『ヨコハマ物語』など歴史ロマンから現代ラブコメまで幅広い分野で作品を描き続ける少女漫画家です。
掲載誌は講談社の女性漫画誌『BE‐LOVE(ビーラブ)』。
連載は2009年9月15日号(18号)より開始。次回掲載は20号。
(以下の感想にはネタバレ、先の展開に関する史実を含みます)



「イシュタルの娘~小野於通伝~」 〈伝その1 覇王の竜 於通の瞳〉
大和和紀(47ページ/うち扉カラー3P)
BE‐LOVE(ビーラブ) 2009年9月15日号(18号)icon」講談社

美濃の地侍、小野正秀の娘、於通(おつう)は、常人には見えぬものが見える「天眼」だった。
父の仕える織田信長に従い、一家は岐阜城下から近江に築城中の安土に移住する。この時、於通9歳。
聡明で美的感覚に優れた於通は安土の町で評判となる。
偶然に信長の知遇を得た於通は、信長の屋敷に出入りするようになる。
お館様の信長や羽柴秀吉、信長の妹のお市の方と三人の娘(お茶々・お初・お江)を間近にし、2歳年上の近衛信基(近衛信尹)と親しくなる。この時、於通12歳、信基14歳。
そして天正7年(1579年)完成した安土城で於通は、信長の部下・明智光秀の影に恐ろしい未来を見出す。



◇史実との違い。
・於通の父、小野正秀は於通が幼い頃に戦死。一家は離散し、正秀の妻は一人娘の於通を連れて京に上る。(マンガに出る二人の兄はオリジナル)
・秀正が亡くなった時期は諸説あり。マンガは本能寺の変後の山崎合戦で戦死になる予定か?
(1) 永禄12年(1569年)於通が数え2歳のときに京都六条河原で戦死。
(2) 天正10年(1582年)於通が数え15歳のときに明智光秀に従い、山崎合戦で羽柴秀吉軍と戦い討死。
・於通が信長に語っている、於通が創作した「おとぎ話」は義経公の恋物語「浄瑠璃姫物語/十二段草紙」のことか。伝説で於通が信長の侍女で、信長のために浄瑠璃姫物語を作ったとされることから。ただし享禄4年(1531年)に室町後期の連歌師が書いた『宗長日記』に「浄瑠璃うたわせ」という記述があるので、現実には於通が生まれる前に浄瑠璃が成立していた証左となる。
・常人には見えぬものが見える超能力者の血筋。これは美濃の小野正秀の娘の小野於通とは別人の〈作州岸本家の小野於通〉の伝説が混じっている。柳田國男(国男)の『妹の力(いものちから)』の一章「小野於通」に出てくる人物。技芸典籍に通じた才媛で、18歳で旅に出て災害を退け病を癒す神通力を人々の救済に使い、29歳で没する。作州岸本家ではそういう特別の力を持つ娘に「お通」という名を付ける習慣があった。
・近衛信基(のちの近衛信尹)は信長と親しかった公家の子息で実在の人物。秀吉の死後に関白になった人物だけど、本当に武士にあこがれていたらしい。書、和歌、連歌、絵画の諸道に優れた才能を示し、「寛永の三筆」の一人に数えられる。実際に於通と仲が良かったらしい。



「天眼」うんぬんはなくてもいい能力と思うけど、於通の輝かしい伝説を知らない読者には、これから先何かありそうと期待させるには便利かな。
史実よりエンターテイメント重視になりそう。有名人がいっぱい出てくるから面白い。
衣装や建物や小物の時代考証がしっかりしていて読んでいて安心する。この先、醍醐の花見とか派手なイベントがたくさんあるので楽しみだ。



※第2話以降はこちらのブログで感想を書きます。
小野お通おぼえ書き

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