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2010年1月25日 (月)

『カツ代ちゃーん!』小林カツ代さんの少女時代回想記


カツ代ちゃーん! (ヒューマンBOOKS)
小林カツ代
講談社 (2004/04)
四六判ハードカバー/117ページ

料理研究家の小林カツ代さんの少女時代から20代後半までを回想した半生記。
ユーモラスな語り口で、漫画家になりたかった少女が料理研究家になるまでをつづる。
昭和20年代から40年代の日本の庶民の生活をうかがえます。
素人主婦がいきなりのテレビ出演、漫画学校、エッセイデビュー、料理研究家としてテレビレギュラー出演という怒涛の展開がまさしく漫画のようです。

関連図書:『お料理さん、こんにちは』『ミセス漫画学校へ行く(青春どないしよう!?)』

『カツ代ちゃーん』あらすじ

大阪の商家の末娘(姉一人)に生まれ、優しい両親に育まれる。
小学校1年の終わりに大阪空襲で家が焼け、2年から田舎に疎開する。そこの学校が気に入って、家を再建して街に戻ってもそこの小学校に通い続ける。中学校高校は中高一貫の私立のカソリック系女子校へ。帝塚山学院短大の文科文芸部に2年、専攻科に1年在籍。

小学校低学年の頃は友達に挨拶もできない内気な子だったのが、高校生の時には校則改正を校長室に直談判にいくような積極的な娘に育つ。
小学校から短大まで学校は休みがち。学校が嫌いとかなまけているのではなく、学校の授業よりもやりたいことがあったから。本を読んだり、にわとりの観察をしたり、スケートに行ったり。
中学校から漫画に夢中になる。中2のときに手塚治虫にファンレターを出して返事をもらう。『漫画少年』に投稿して佳作を受賞。中3のときに石ノ森章太郎に同人誌『墨汁一滴』の仲間に誘われ、何回か文通する。
日本舞踊を13歳から始めて、短大生の19歳のときに名取になり花柳寿々多香の名をもらう。

短大の専攻科を卒業してすぐ21歳で結婚。3歳年上の夫は薬の開発をする研究員で、各地の研究所に転勤する。
結婚してすぐに名古屋に転勤。結婚してからはじめて味噌汁を作って大失敗。だしを入れることを知らず、電話で料理上手な母に料理を教えてもらう。(実は短大時代にグループで料理の先生に習っていて、シュークリームとかレモンパイとか鯉の丸揚げとかすごいメニューが作れたのに、なぜか普通の家庭料理の作り方を知らなかった。)結婚してから家庭料理を研究し、いろいろ作れるようになる。
結婚7年目で夫の転勤で神戸から東京に引っ越すことになる。関西を離れるのを前に地元のローカルワイドショーに「生活感のある料理を作ったらどうか」と投書する。テレビ局から呼び出され、27歳のカツ代さんがぶっつけ本番で生放送でシュウマイとお肉のレタス包みを作る。

初のテレビ出演が好評でテレビ局がレギュラー企画を作ったことも知らず、東京へ引っ越したカツ代さん。
東京で通い始めたデザイン学校(漫画学校)がつぶれて団体交渉。その過程で印刷会社の人に勧められ、エッセイ『お料理さん、こんにちは』を自費出版(後に講談社から出版。『お料理さん、こんにちは (文春文庫)』)。
講談社に声をかけられ、漫画学校のことを書いた『ミセス漫画学校へ行く』(1970年講談社)で商業デビュー(のちに『青春どないしよう!?』に改題)。それがすぐにNHKからドラマ化(『てんてこまい』1971/08/23~1971/09/03)。本のために写真を借りようと、最初に出演したテレビ局に連絡すると、いきなり料理番組の撮影に引っ張り出される。料理コーナーの週1回レギュラーをもち、番組が東京でも放送されるようになると他局からも出演以来が舞い込み、料理研究家の小林カツ代が誕生する。テレビドラマが始まった日に長女誕生、翌年は長男(ケンタロウ)誕生。

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