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2010年9月15日 (水)

『てるてる家族』のモデル石田久子さん(いしだあゆみの母)亡くなる

2003年のテレビドラマ、NHK連続テレビ小説『てるてる家族』の主人公・岩田照子のモデルである石田久子さんが亡くなられました。享年87歳。
歌手・女優のいしだあゆみさん、元フィギュアスケート五輪代表選手の石田治子さんのお母様です。

娘たちが結婚や仕事で独立し、夫婦二人暮らしだったそうです。
2010年9月1日に自宅で病死し、3日に葬式を出されました。



女性週刊誌「女性セブン」2010年9月23日号(Vol.33)(小学館)の特集記事(2ページ)より

女性セブン
女性セブン今週号の内容

《追悼秘話》
長女をフィギュア五輪選手に、「テレビ喫茶」で大当たり
いしだあゆみ 涙で送った『てるてる家族』の母・久子さん

戦後の復興期という激動の時代を生き抜いた女性を主人公に、家族の絆を描いて人気を呼んだ’03年のドラマ『てるてる家族』。モデルとなったいしだあゆみの母・久子さんがその生涯の膜を閉じた。パン職人の夫を盛り立てながら4人姉妹を育て上げた“肝っ玉母ちゃん”。娘・あゆみの胸に去来した思い出とは‥‥。


石田久子さんの夫は終戦直後に銀行員を辞めてパン職人になり、大阪府池田市でパン屋を始めました。久子さんは商売を拡大しながら4人の娘を育てました。
スケート場の喫茶店を始めたことからフィギュアスケートに興味を持ち、娘たちにスケートを習わせて才能を開花させます。

長女の石田治子さんは元フィギュアスケート選手で、1968年のグルノーブルオリンピックの日本代表選手。結婚して岡本治子になりフィギュアスケートのコーチをされています。
次女のいしだあゆみさんは歌手で女優。もとはフィギュアスケートをやっていましたが、中学生のときに宝塚のアイスショーに出演してスカウトされて芸能界入りしたそうです。
三女もフィギュアスケートをやっていて、国体出場したそうです。姉妹ほど派手な活躍はないまま結婚されました。
四女が石田ゆりさん。宝塚音楽学校を卒業し宝塚歌劇団には入団せず歌手になり、作詞家のなかにし礼さんと結婚して専業主婦になりました。

四女の夫のなかにし礼さんが、昭和30年代から40年代の石田家をモデルにして書いた小説が『てるてる坊主の照子さん』(新潮文庫)。事実を基にしたフィクションで、石田家以外には実在の人物名が使われています。
この話を原作にして大幅に脚色したテレビドラマが『てるてる家族』です。こちらでは主人公家族以外の登場人物の名前を変えています。

てるてる坊主の照子さん〈上〉 (新潮文庫)
てるてる坊主の照子さん〈中〉 (新潮文庫)
てるてる坊主の照子さん〈下〉 (新潮文庫)

《関連記事》
ドラマ「てるてる家族」のモデルのその後(フィギュアスケート関連)
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